高田大谷保育園は、東本願寺の高田別院に併設した保育園として、
戦後の復興の中、希望の声と共に産声をあげました。
1948年7月23日 高田大谷保育園設立
1949年6月29日 認可
1949年 定員80名
1990年 定員60名に変更
2000年 (社)大谷福祉会として認可
2001年 新園舎にて保育園開園
2002年 定員80名に変更
2003年 定員90名に変更
2012年 定員120名に変更
2016年 定員130名に変更



※社会福祉法人大谷福祉会設立10周年・高田大谷保育園設立60周年記念式典での
「経過報告」(杉本園長)より
司会の者が申し述べましたとおり、現在、高田大谷保育園の園長をおあずかりしている杉本と申します。どうか、よろしくお 願いいたします。

本日、社会福祉法人大谷福祉会設立10周年・高田大谷保育園設立60周年記念式典を挙行いたしましたところ、ご来賓をは じめ、多くの皆様にご臨席賜りましたこと、高田大谷保育園の園長として心から御礼申しあげます。
また、こうした記念行事を催すことができましたのも、ご臨席の皆様、そして、私の力のなさゆえ、ご案内をさせていただく ことが適わなかった多くの方々が、高田大谷保育園を支えてきてくださったおかげと深く感謝いたします。
ありがとうござい ました。
今ほど、ご来賓から過分なご祝辞をちょうだいし、また、理事長もご挨拶いたしたわけですが、これから少しく時間をいただ き、私から当園の、今日に至るまでの歩みをお話させていただきたく存じます。
ただ、皆様、ご覧のとおり、この席には卒園児も同席くださっています。彼等、彼女等に、少しでも自分達が通った保育園の 歴史をわかっていただきたいと思うものですから、できるだけ平易な言葉でお話いたすことをお許しください。
と申しますか 、正直に申しあげますと、皆様にはご無礼を承知で、ここにいる子ども達に向かってお話をいたしますので、どうかご容赦く ださるようお願い申しあげます。
卒園児のみなさん、こんにちは。
卒園式からまだ一日しか経っていませんが、先生はずいぶんみんなのお顔を見ていないよう な気がします。これから、みんなが通った、みんなの楽しい思い出がいっぱい詰まった高田大谷保育園のできた頃のお話をし ますから、少し聞いていてくださいね。

高田大谷保育園は、1949年(昭和24)、京都にある東本願寺のお寺の一つである高田別院が保育園を創ったことに始ま ります。この年に誕生された方は、今年、61歳になられますから、ちょうど、みんなのおじいさん、おばあさんが生まれら れたころだと思います。給食を一緒に食べながら話したこともあるので、園長先生の歳を知っているお友達もいるのだけれど、園長先生は今、48歳 ですから、まだまだ、生まれてはいません。
保育園ができたその頃の日本は、アジア・太平洋戦争という大きな大きな、そしてとても悲しい、二度とあってはならない戦 争に負けてから、少ししか時間が経っていませんでした。ですから、食べ物も今のようにたくさんない、とても苦しい時代です。先生は、その頃のことを少し調べてみました。すると、その頃、大人が一日にどれだけのご飯、お米を食べていたのかと いうと、だいたい200グラムなんだそうです。それで、みんなとちょうど同じ小学校の1年生くらいの子どもが、1回の食 事で食べたらいいなぁといわれているお米の量は160グラムなんですって。
わかるかな?
みんなが1回で食べるごはんの量 を、大人が3回に分けて食べていたようなものです。お腹がへっちゃうよね。お肉もあまり食べることができませんでした。
ですから、ご飯のかわりに、お芋を食べていたんですって。
そういうお腹のへっていた時代。苦しくて、つらい時代でした。
そんな時代に、高田大谷保育園は誕生しました。食べるものもあまりないなかで、その頃の保育園の先生達は、一生懸命、子 ども達を預かっていたんですね。たいへんな苦労だったと思います。いろいろ、しんどい思いをされながら、保育園は続けら れてきました。
ところが、今から12年前、今度、小学6年生になる子ども達が生まれた年ですが、1998年(平成10)に、このお寺で 火事がおこり、保育園やこの本堂以外の建物は焼けてなくなってしまいました。そのときは、みんなが通った今の保育園の建物ではなく、木で作られた、お寺のような建物で、建てられていた場所も今とは違います。
旧 高田大谷保育園
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そのときは、みんなも行事のときに使ったことのある、今日、お客様が入ってこられた玄関が、ちょうど保育園の玄関でした 。教室はちょうどこの本堂の横、今の中庭のところに建てられていました。高田大谷保育園を卒園されたおとうさん、おかあさんは、たぶんその頃のことを覚えていらっしゃるのではないかと思います。
それで、みんなが、ももぐみさん、さくらぐみさんだったころ、お昼寝をしていましたよね。火事で焼ける前は、そうしてお昼寝をしている子ども達を踏まないように気をつけて、お寺の人は、この本堂へ行ったり来たりしていたんだそうです。
信じられないよね。
火事で保育園が焼けてしまって、大人の人たちは、これから保育園をどうしようかと、悩み、考えました。保育園だけではなく、お寺の建物もなくなってしまいましたから、それを新しく建てるためには、とてもたくさんのお金が必要でした。
でも、その頃は、みんなも聞いたことがあるかもしれませんが、バブルがはじけてしまい、日本はお金のことで苦労していました。お金がなかなか集まりませんから、とても保育園までは建てられない。保育園を止めてしまおうか。そういうことも考えられたそうです。
しかし、今、その頃のことを知っている保育園の先生は六人だけになってしまいましたが、当時の保育園の先生方は、なんとしても保育園を建てて、子ども達を預かりたい。保育園を休むことはできませんという、強い強い願いを持っていてくださいました。また、お寺さんたちも、あるいは地域の人たちも、なんとか保育園を続けていってほしいと願ってくださいました。そうした願いが、多くの人たちを揺り動かして、保育園を続けていくことが決まりました。
新園舎 高田大谷保育園
新園舎 高田大谷保育園
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でも、そのためには、それまでお寺でやっていた保育園を、とても難しい言葉だけど、社会福祉法人という、お金儲けを目的とせずに、みんなのためになることをやっていこうとする人達が集まって、話し合いをしながら保育園をやっていく形にかえました。それが、ちょうど今から10年前、2000年(平成12)のことです。
みんなの通った保育園は、その翌年、2001年に新しくなり、今日の日を迎えたわけです。
ですから、今日は、保育園の60歳の、あるいは新しくなって10歳のお誕生会です。保育園のお誕生日をお祝いに、みんなもそうだけれど、こうしてたくさんの方々が来てくださっているんです。とても、とても、うれしいことです。先生達は、これからも高田大谷保育園が続いていくように、みんなの保育園が無くなってしまわないように一所懸命がんばるので、みんなもずっと、ずっと応援していてくださいね。
これから、少し、大人の方々にお話をするので、子ども達は聞いていてください。

この記念式典を迎えるにあたり、高田大谷保育園は、はじめてロゴマークとパンフレットを作りました。今日、はじめて皆さんにお知らせするわけですが、できたての保育園のバンフレットとともにお配りした、式典のパンフレットの裏面に、ロゴマークとそのマークに込めた願いを書かせていただきました。ご覧いただけますでしょうか。
青色は、子ども達も着ている高田大谷保育園の園服の色です。
上の鳥の翼のような形は、高田の頭文字、ローマ字の「T」をイメージしていますし、その下の卵のような形は大谷の「O」です。
パンフレット
ロゴマーク
親鳥が翼を広げ、いのちを授かった卵を守っている。卵のなかに輝いているのは、子ども達のいのちです。キラキラ輝く子ども達を、いのちを一所懸命に見守り、育んでいきたいという願いをこめました。
また、卵のなかにある「大谷FAMILY」は、子ども達、保護者、そして保育園の関係者が、それまでは挨拶もしたことがないような、そんな関係を生きてきた人間が、仏様の教えに触れて、まるで家族、兄弟、姉妹のように温かい関係を生きる者として変わっていく。
その関係を生きていく。まさに、私達が心の底から求めているような温かい関係、「みんな高田大谷の家族なんだ」という思いを、願いを「大谷FAMILY」と名づけました。今後は、園の玄関や園バス、封筒やお知らせ、いろいろな場所やものに、このロゴマークを使ってまいりたいと思っています。
そして、高田大谷保育園が行っている保育を多くの方々にお伝えしていきたい。そんなことを願って、園のパンフレットを作りました。

近々、園のホームページも開設したいと現在、作業をしておるところでありますが、いずれの事柄も、親鸞聖人が明らかにしてくださった「浄土真宗の教えに拠って立つ保育を実践していく」という高田大谷保育園の保育理念を私達、園関係者が再確認し、そして、広く社会にパンフレットにあるとおり、「一人ひとりの差異を大切にしながら、四季折々の姿をみせる自然のなかで、いのちの意味や尊さを、遊びをとおして学んでいく」という、私たちの保育のあり方を示していこうとするものであります。
私たち園の関係者は、今、ここにいてくれる卒園児達が過ごしたこの高田大谷保育園を、楽しい楽しい思い出の詰まった高田大谷保育園を、決して絶やすことがないよう、懸命に保育に携わってまいることをここにお約束いたしますので、どうか、皆様には、そうした高田大谷保育園の保育や活動に、引き続き深いご理解とご協力をいただきますよう心からお願い申しあげ、本園の歩みのご紹介とさせていただきます。

卒園児のみんな、きちんときいてくれてありがとう。
これで終わります。


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